あらすじ
『13階段』で知られる高野和明が描く、幽霊を題材にした物語。
主人公は、週刊誌の記者として働く松田。
ある日、東京のとある踏切で撮影された一枚の心霊写真が編集部に持ち込まれる。
そこに写っていたのは、踏切のそばに立つ女性の姿。
しかし、その写真には不可解な点があった。
松田はこの写真に興味を持ち、女性が誰なのか、なぜこの場所に現れるのかを調べ始める。
関係者への取材を重ねるうちに、写真の女性にまつわる過去と、踏切で起きたある事件が少しずつ浮かび上がってくる。
単なる心霊現象を追っていたはずの松田だったが、調査が進むにつれて、そこには一人の女性が生きてきた人生と、残された人々の深い思いが隠されていることを知る。
そして、その先に待っていた真実とは――。
感想
その高野和明がホラーを書いた。
それだけで読んでみたくなった。
『13階段』では犯罪や死刑制度などを題材に、人間の心理を深く掘り下げていた高野和明が、幽霊を題材にするといったいどんな作品になるんだろう。
そんな期待を持って読み始めた。
そして、読み始めてすぐに感じたのが、
「これ、本当に小説だよな?」
ということだった。
途中まで、まるでドキュメンタリーを読んでいるような感覚だった。
主人公が一つひとつ事実を追い、関係者に話を聞き、過去を調べていく。
その描写があまりにもリアルなので、実際に存在する事件を取材しているのではないかと思ってしまう。
いわゆる「幽霊が出てきて怖い」というだけのホラーとは、かなり違う。
もちろん、ホラーとしての怖さはちゃんとある。
踏切という日常的な場所に現れる幽霊。
写真に写り込む不可解な姿。
少しずつ明らかになっていく過去。
こういう部分には、しっかりと背筋が寒くなるような怖さがある。
でも、この作品を読み終えて一番強く残ったのは「怖かった」という感想ではなかった。
むしろ、
「切なかった」
という感情だった。
まさかホラー小説を読んで泣くとは思わなかった。
幽霊という存在そのものよりも、その幽霊がなぜそこにいるのか。
何を伝えようとしているのか。
そして、残された人たちが何を抱えて生きているのか。
そこに物語の本当の重さがある。
幽霊が怖いのではなく、幽霊になってしまうほどの人間の思いや、残された人間の悲しみのほうが心に刺さる。
そんな作品だった。
考察
この作品を読んでいて面白いと思ったのは、「幽霊」という存在の扱い方だ。
ホラー小説では、幽霊は恐怖を与えるための存在として登場することが多い。
ところが『踏切の幽霊』では、幽霊そのものが物語の目的ではない。
幽霊がいる。
では、なぜいるのか。
その理由を追いかけていくことで、その人物が生きていた時間や、その人を取り巻いていた人間関係、そして死後も残り続ける感情が見えてくる。
つまり、幽霊を入口にして「人間」を描いている。
だからこそ、僕は途中からこの作品をホラーというより、ヒューマンドラマとして読んでいたのだと思う。
そして、あとがきに書かれていた、作者自身の「ホラー小説ではなく、幽霊小説」という言葉。
読み終わった今なら、その意味がすごくよく分かる。
「ホラー」と「幽霊」は似ているようで、少し違う。
ホラーは恐怖を描くもの。
でも、幽霊小説という言葉には、そこに「死んだ人間」を描くという意味が含まれているように感じる。
この作品に登場する幽霊は、単なる恐怖の対象ではない。
かつて誰かに愛され、誰かを愛し、何かを思い、何かを残して死んでいった「人間」なのだ。
だから怖いだけでは終わらない。
むしろ、その幽霊のことを知れば知るほど、怖さよりも切なさが大きくなっていく。
今回はそれを、幽霊という題材を通して改めて感じることができた。
ホラー小説だと思って読み始めた。
途中からドキュメンタリーのように感じた。
そして最後には、まさかの涙。
これは確かに「ホラー小説」というより、「幽霊小説」と呼ぶほうがしっくりくる。
怖い。でも、それ以上に切ない。
そんな一冊だった。

