あらすじ
『爆発物処理班の遭遇したスピン』は、爆発物処理、犯罪、怪異、科学、戦争、人種差別など、まったく異なる世界を描いた8編からなる短編集。表題作をはじめ、「ジェリーウォーカー」「シヴィル・ライツ」「猿人マグラ」「スマイルヘッズ」「ボイルド・オクトパス」「九三式」「くぎ」が収録されている。
一編ごとに舞台も時代もテーマも大きく異なるが、どの作品にも共通しているのは、読者の予想を軽々と飛び越えていく発想力と、圧倒的な情報量。そして、読み終えたあとに残る不穏な余韻である。
「爆発物処理班の遭遇したスピン」
鹿児島市の小学校に爆破予告が入り、爆発物処理班の駒沢と宇原が現場へ向かう。そこに仕掛けられていた爆弾をめぐり、さらにホテルの酸素カプセルや沖縄の米軍基地にも同様の爆弾が仕掛けられていることが判明する。そして事件の鍵として浮上するのが、まさかの量子力学だった。
いや、これはもう「よくこんな話を思いつくな」としか言いようがない。最初は爆発物処理班による緊迫したサスペンスだと思って読んでいたら、そこから量子力学の世界へと突っ込んでいく。
佐藤究は、ただ知識を並べているわけではない。その専門的な知識を、ちゃんと物語として成立させてしまう。
「よくこんなことを知ってるな」だけではなく、「よくこれを小説にできるな」と感心してしまった。
僕が今回一番感じたのは、佐藤究という作家が、自分の知識や興味の領域をそのまま小説の世界に変換する能力の凄さだった。
また、本作は僕の故郷である鹿児島が舞台。
かつ地元の「川内原発」の話が出てきてとても嬉しかった。
「ジェリーウォーカー」
特殊なクリーチャーを生み出す世界的なCGクリエイターをめぐる物語。創造されたものが単なる映像表現の範囲を越え、不穏な現実へと繋がっていく。
これまた「そんなところに目をつけるのか」という作品。
CGクリエイターという職業から、ここまで異様な物語を作り上げる発想力に驚かされた。
創作する人間の頭の中にある世界と、現実世界との境界が曖昧になっていくような怖さがある。
「ジェリーウォーカー」という存在そのものも強烈で、読後に妙な気持ち悪さが残る一編だった。
「シヴィル・ライツ」
現代の暴力団を舞台に、組織の内部事情や独特のルール、そして「けじめ」をめぐる出来事が描かれる。現代社会の中で生き残ろうとするヤクザたちの姿を、独特のリアリティで描いた作品。
これもかなりエグい。
特に、現代のヤクザ社会を描きながら、そこに佐藤究らしい奇抜な発想をぶち込んでくるところが面白い。
「こんなケジメのつけ方があるのか」と驚かされる一方で、その世界の妙なリアリティが怖い。
冗談なのか、本気なのか分からない。
でも、たぶん本人たちは大真面目なんだろうなと思わせるところが、余計に怖かった。
「猿人マグラ」
九州の土地に伝わる奇妙な話と、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を思わせる要素が絡み合い、不可解な出来事が語られていく。単なる昔話のように進んでいた物語は、最後に思いもよらない方向へと転じる。
最後の最後まで、「これは一体何の話なんだ?」と思いながら読んでいた。
九州の昔話や与太話のような雰囲気で進むので、正直、少し油断していた。
ところが最後の告白。
そこで一気に空気が変わった。
「そういう話だったのか!」とゾワッとした。
短編だからこそ成立する、最後の一撃が強烈な作品だった。
「スマイルヘッズ」
シリアルキラーが生み出したアート作品を収集する、あるコレクターの物語。殺人と芸術が奇妙な形で結びつき、コレクターの欲望と、その作品をめぐる異常な世界が描かれていく。
今回の短編集で、僕が一番好きなのがこれ。
シリアルキラーの作品をコレクションするという発想そのものが、もう強烈。
「そんなものを集める人間がいるのか?」と思う一方で、妙にリアルで、「本当にこういうコレクターがいてもおかしくない」と思わされてしまう。
そして、その世界に足を踏み入れてしまった人間がどうなっていくのか。
先の展開がある程度予想できたとしても、そこへ向かっていく過程を読む面白さがあった。
佐藤究の発想力が、かなりストレートに炸裂している作品だと思う。
「ボイルド・オクトパス」
海外の刑事を取材するライターが、元刑事へのインタビューを通じて、過去の事件や犯罪の実態に迫っていく。取材の先に待っていたのは、想像を超える奇妙で生々しい世界だった。
元刑事への取材という、一見すると地味な設定から、ここまで不穏な話に持っていくのがすごい。
とにかく「知らなければよかった」と思わせるような気持ち悪さがある。
そしてタイトルにもなっている「タコ」が、読み終えたあとには妙な意味を持って迫ってくる。
佐藤究の作品は、読んでいると「自分が知らない世界って、こんなにも広いのか」と思わされることが多い。
これもまさにそんな一編だった。
「九三式」
戦後間もない日本。復員した男は、江戸川乱歩の本を手に入れたいという思いから、ある仕事に就く。食べることさえままならない時代の中で、彼が遭遇する出来事は、戦争の傷跡と人間の残酷さを浮かび上がらせていく。
戦後すぐという時代設定が、とにかく生々しい。
食べることすら難しい状況の中で、それでも本を読みたいという人間の欲望が描かれている。
「本を読みたい」という一見ささやかな願望が、あの時代にはこれほど切実なものだったのかと思わされた。
そして、この作品には現代にも通じる問題が見え隠れする。
戦争が終わったからといって、人間の残酷さが終わるわけではない。
むしろ、極限状態に置かれた人間の本性が剥き出しになる。
不穏な余韻がかなり残る一編だった。
「くぎ」
少年鑑別所を出た16歳の安樹は、過去の過ちを反省し、独立したまともな人生を歩もうと決意する。塗装工として働き始めた彼は、依頼人の家の廊下に落ちていた一本の「くぎ」を見つける。その小さな出来事が、過去と現在を思わぬ形で繋いでいく。
これもかなり好き。
一本の「くぎ」という、何の変哲もないものから、ここまで物語を広げるとは思わなかった。
特に最後に向かって、「そこに繋がるの?」という驚きがある。
そして最後の一行。
これはカッコいい。
短編の最後の一行として、かなり印象に残った。
犯罪を犯した少年が更生しようとする物語でありながら、単純な「更生しました、めでたしめでたし」では終わらない。
人間が過去から完全に自由になることの難しさを感じさせる作品だった。
総合的な感想
さすが佐藤究。
各短編、一つ一つがしっかり読み応えがある。
短編集というと、一冊の中で作品ごとの当たり外れが出てしまうこともあるけれど、本作はどの作品にも「そこからその世界へ行くのか!」という驚きがあった。
そして何より凄いのが、時代や国、世界にまったく捉われないこと。
戦後の日本、現代の日本、海外、犯罪社会、科学、芸術、怪異……。
作品ごとにまるで違う世界へ連れていかれる。
それなのに、それぞれの世界に妙なリアリティがある。
「爆発物処理班の遭遇したスピン」なんて、その最たるものだと思う。
量子力学という、自分には到底理解できないような領域まで踏み込んで、それを爆発物処理という現実的な世界と融合させてしまう。
よくこんな知識を文章化できるもんだ。
本当にそう思った。
佐藤究の作品を読むと、物語の面白さだけではなく、「この人はいったいどれだけのことを調べて、どれだけの世界を知っているんだ?」という驚きがある。
そして、その知識を単なる蘊蓄として披露するのではなく、ちゃんと「物語」にしてしまうところが凄い。
今回、僕が特に気に入ったのは「スマイルヘッズ」。
でも、読み終えて振り返ると、それぞれの作品が違う方向から強烈なパンチを打ってくるので、一番を決めるのが難しい。
『爆発物処理班の遭遇したスピン』は、短編集でありながら、一冊の中にいくつもの世界が詰め込まれた濃密な作品集だった。
やっぱり佐藤究、凄い作家だ。

