あらすじ
佐藤正午の『身の上話』は、ミチルという一人の女性の人生を、彼女を取り巻く人々の視点や語りを交えながら描いた長編小説。物語は、ミチルにまつわる「身の上話」が語られるところから始まる。しかし、誰が、誰に向かって、何のために語っているのかは、なかなか明らかにならない。ミチルの人生に起こった出来事が少しずつ明らかになるにつれ、読者はその語りの意味と、彼女が辿った運命の全貌へと引き込まれていく。
感想
読み終えたあと、「これは一体どんなジャンルの話なんだろう?」と考えてみた。
ミステリーっぽい。
でも、ミステリーではない。
じゃあ何だろう?
僕が最終的に出した結論は、恋愛小説だった。
一人の男の深い愛が語るミチルの身の上話。
つまり恋愛小説だ。
冒頭からミチルに関する「身の上話」が淡々と進んでいくのだけれど、最初はとにかく謎だらけ。
誰が語っているのか。
誰に向かって語っているのか。
そして、なぜこの話を語っているのか。
それがまったく分からない。
だからこそ、「これは何の話なんだ?」と思いながら読み進めることになる。
ところが、物語が進むにつれて少しずつピースが嵌まっていき、やがて全貌が見えてくる。
そして最後の一行。
そこで、それまでずっと謎だった「なぜこの話を語っているのか」という理由が分かる。
これは思わず唸った。
「なるほど、そういうことだったのか」と、最後の一行で物語全体の見え方が変わった。
そして、佐藤正午さんの文章にはかなり惹かれた。
特に素晴らしいと思ったのが、人間の思考を文章にする技術。
人が何気なくしている動作を、単なる「行動」として描くのではなく、その裏側にある思考のレベルまで落とし込んで描いている。
「なぜ今この動作をしたのか」
「このとき、この人は何を考えていたのか」
そんな人間の内側まで文章にしてしまう。
そのため、登場人物の思考が妙にリアルで、読んでいるこちらまでその人物の頭の中に入り込んだような感覚になる。
そして、僕が特に気に入った一文がこれ。
「またもうひとつの長い夢へと引きづりこんだのは私の責任です」
この一文にはやられた。
思わず深いため息が出た。
短い言葉なのに、その背後にある人物の感情や後悔、そして長い時間が一気に押し寄せてくる。
こういう一文を書ける作家は、やっぱりすごい。
考察
『身の上話』の面白さは、「何が起こったのか」という謎以上に、「なぜこの物語が語られているのか」という謎にあると思う。
普通のミステリーなら、事件の真相が最大の謎になる。
しかし本作では、物語そのものが「誰かによって語られている」という構造になっている。
だから読者は、ミチルの人生を追いながら、同時に「この話をしている人間は何者なのか?」というもう一つの物語を追うことになる。
そして、その二つが最後に重なったとき、それまで読んできた文章の意味まで変わって見えてくる。
この構成が実に巧い。
また、本作を恋愛小説だと感じたのは、物語の中心にあるのが「人を好きになる」という、ごく普通の感情だからだと思う。
人を好きになる。
誰かと一緒にいたいと思う。
その思いが、ときには人生を大きく変えてしまう。
それは幸せにもなり得るし、取り返しのつかない結果にもなり得る。
本作では、その恋愛というものを単純に美しいものとして描いていない。
人を愛することには、相手の人生を背負うことや、自分自身の人生を変えてしまうことまで含まれている。
だからこそ、あの一文が刺さる。
「またもうひとつの長い夢へと引きづりこんだのは私の責任です」
「夢」という言葉には、幸福な時間という意味もあれば、醒めてしまうものという意味もある。
その「もうひとつの長い夢」に誰かを引きずり込んでしまった責任。
そこには愛情だけではなく、罪悪感や後悔、そして諦めのようなものまで含まれているように感じた。
佐藤正午さんは、人間の心の動きをとても細かく観察し、それを自然な文章へと変換している。
何気ない仕草の裏側にある感情まで描き出すからこそ、登場人物が生身の人間として立ち上がってくる。
『身の上話』は、ミステリーのような謎を抱えながら始まり、最後には一人の人間の「身の上」を見届けたような感覚になる。
そして最後の一行で、すべてを理解した読者に深いため息をつかせる。
これは、かなり巧い小説だった。


