帯コピーに興味を駆られ購入した本。
あれからもう30年経つんだねぇ。
▼あらすじ
舞台は1995年。
阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起きた激動の一年。
それまで築き上げてきた日本のあらゆる秩序が崩れ去った一年。
雑誌記者である主人公が、大震災とサリン事件の取材を通してある事件と関わりを持つ。
▼感想
フリーライターの経験がある本作家が、ライター時代の経験を活かした本作は、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件の描写が実に生々しい。
記者ならではの表現や時代の流れを記した内容は、当時を知る僕にとっても記憶を揺り起こされた感覚に陥るほど。
阪神淡路大震災が1995年の1月17日
地下鉄サリン事件が同年3月20日
その4日後に25歳になった当時の僕。
その前年1994年の夏前くらいから仕事の関係で東京にて暮らし、同年11月末に愛知に戻った。
その一ヶ月後の年末に地元鹿児島で暮らす母が亡くなった。
年が明け、葬式などを終えて少し気持ちが落ち着いてきた頃に起きたのが阪神淡路大震災。
愛知県に住んでいる僕でも、その激しい揺れに布団から跳ね起きた記憶がある。
そしてすぐに起きた地下鉄サリン事件。
もう恐怖でしかなかった。
その少し前までは東京にいたこともあって、身近な大事件という気がしてならなかった。
僕の記憶の中では「母の死」「阪神淡路大震災」「地下鉄サリン事件」の3事がセットになって記憶されているので、読みながらいろんな記憶が蘇ってきた。
そんな時代を雑誌記者が走り回る本作品。
もうノンフィクションではないかと途中勘違いをしながら読み進めたりすることになる。
まぁ、最後はね、いくつもの偶然が重なってある結果を産むのだけど、あまりにも偶然が多すぎるためここらでフィクション感が満載となりちょっと冷める。
だからサスペンス小説としては最後にずっこけるけど、途中の作中は当時の時代をさまざまな覚悟で読めるノンフィクション作品だと思って読めたりする。
そんな二面性を持ったちょっと不思議な作品でした。
さ、次は久しぶりに薬丸岳を読もうかな😆