PR

ぜんしゅの跫|澤村伊智を読んで

澤村伊智「ぜんしゅの跫」 読書感想文

あらすじ

澤村伊智の『ぜんしゅの跫』は、比嘉姉妹シリーズの世界観をさらに広げる短編集。野崎や真琴、比嘉姉妹など、これまでの作品で登場した人物たちにまつわる物語が収録されており、時系列や視点を変えながら、シリーズの裏側やその後が描かれていく。それぞれ独立した怪談でありながら、既存作品との繋がりが随所に見られる、シリーズファンにはたまらない一冊である。

感想

本作は、比嘉姉妹シリーズの世界観をさらに広げてくれる短編集。

僕はそもそも短編集があまり好きではないのだけれど、シリーズを追いかけてきた身としては、これまで登場した人物たちのその後や、知らなかった出来事を覗き見ることができて、かなり楽しめた。

・鏡

最初の「鏡」は、『ぼぎわんが、来る』の前日譚ともいえる話。
50代になった野崎が登場するなど、時空間そのものが歪んでいくような展開が実に面白い。単なる過去の話ではなく、時間の感覚まで狂わせてくるところが澤村伊智らしくて、かなり好きな一編だった。

・わたしの町のレイコさん

「わたしの町のレイコさん」は、『ずうのめ人形』に登場した戸波編集長の姪・飛鳥が主人公。

これまでの作品との繋がりがあるのは嬉しいのだけれど……ちょっと気持ち悪いな、これ(笑)。

・鬼のうみたりければ

野崎の元同僚である希代子が一人語りする形式で進む物語なのだけれど、読んでいるうちに、「もしかして最初の行方不明にも健太郎が関与していたりして……」と、ついつい勘繰ってしまった。

こういうふうに、作中で明確に語られていない部分まで想像させられるのも、このシリーズの面白さだと思う。

・赤い学生服の女子

琴子の妹・美晴が、まさか霊としてこの世に舞い戻ってきたのでは?と思わせる話。

美晴のことを知っているだけに、これはちょっと不憫だった。

・ぜんしゅの跫

野崎と真琴の結婚式直後の出来事を描いた物語なのだけれど、これは短編で終わらせるのがもったいないくらい面白かった。

もっと長く読みたかったと思わせる一編。

特に「カリ、カリ」と音がして、その音とともに獣が動き出すような描写がたまらない。

この「音で何かの存在を感じさせる」恐怖は、もはや澤村伊智の専売特許なんじゃないかと思う。

考察

『ぜんしゅの跫』は、単なる短編集ではなく、比嘉姉妹シリーズという大きな世界を補完し、さらに拡張していく作品だと思う。

本作の面白さは、物語そのものだけではなく、「この人物がここに繋がっていたのか」という発見にある。

ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』『ししりばの家』などを読んできたからこそ楽しめる部分が多く、シリーズを追ってきた読者へのご褒美のような作品集でもある。

特に「鏡」のように時間軸そのものを揺さぶる話が入ってくることで、比嘉姉妹シリーズの世界が単純な時系列の物語ではなく、過去・現在・未来が怪異によって複雑に絡み合う世界であることを感じさせられる。

また、野崎と真琴の結婚式直後を描いた「ぜんしゅの跫」も重要だと思う。

怪異と戦う二人にも当然ながら日常があり、人生が続いている。

その日常のすぐ隣に、いつものように怪異が忍び込んでくる。

この「普通の生活」と「異常な世界」の距離の近さこそ、比嘉姉妹シリーズの大きな魅力なのだろう。

そして澤村伊智の恐怖表現で特に印象的なのが、直接的に怪物を見せるのではなく、「音」や「気配」で存在を感じさせる手法だ。

「カリ、カリ」という音を聞いただけで、読者の頭の中に何かがいることを想像させる。

見えないからこそ怖い。

そして読者自身の想像力によって、その恐怖が完成する。

『ぜんしゅの跫』は、比嘉姉妹シリーズを単に横へ広げるだけではなく、過去の作品との繋がりを深めることで、世界そのものに奥行きを与えた一冊だった。

短編集が苦手な僕でも、「この世界をもっと知りたい」という気持ちで楽しく読むことができた。

シリーズをここまで読んできた人なら、きっとニヤリとしながら楽しめる一冊だと思う。

created by Rinker
¥902 (2026/08/24 22:14:16時点 楽天市場調べ-詳細)

タイトルとURLをコピーしました